【Choice!成功のトリガー/プロデューサー篇】01.株式会社セガゲームス 『共闘ことばRPG コトダマン』 中村たいら

0→1から企画を生み出すヒットメーカーに訊く、プロデューサー論

ゲーム業界で働くプロデューサーのキャリアに迫った企画「Choice!~成功のトリガー~ プロデューサー篇」。群雄割拠のゲームアプリ市場の中で、“ヒト・モノ・カネ”を主眼とした多岐に渡る業務を担うゲームプロデューサーですが、現在の市場、働き方、開発・運用・マーケティングについてなにを考えているのでしょうか。

本稿では、現場の責任者でもあるゲームプロデューサーの方々に、これまでのキャリアをはじめ、成功と挫折のエピソード、そこから得た知見・思想、そして今後に挑戦していきたいことなど、他メディアではなかなか語られない個人にフォーカスしてお聞きしていきます。

記念すべき第1回目は、株式会社セガゲームスの中村たいらさんにお話を伺いました。

中村さんは、サービス開始3ヵ月で800万ダウンロードを突破した、「ことば」で闘う新感覚RPG『共闘ことばRPG コトダマン(以下、コトダマン)』の生みの親であり、現場を統括するプロデューサーです。このほかにも過去には『モンスターギア(以下、モンギア)』や『サカつくシュート!』のプロデューサーとして、スマッシュヒット作を生み出した手腕の持ち主です。

そんなヒットメーカーの中村さんですが、実際にお話を伺ってみると、ヒット作を次々と生み出す裏側が垣間見られるエピソードがありました。果たして、中村さんはどのようにして現在のゲームプロデューサー像にたどり着いたのでしょうか。

[Topics]
■“プロデューサーになるため”の固い決意と転職
■“企画千本ノック” アイデア創出の努力と成果
■プロデューサーとして必要な二つの視点
■マーケティング感覚を掴むために日々行っていること
 

“プロデューサーになるため”の固い決意と転職

――:中村さんはいつごろゲーム業界に入ったのでしょうか。

2003年です。セガ(現:セガゲームス)にプランナー職として新卒で入社しました。
 

――:最初からゲーム業界志望だったのですか。

いえ、もともとゲームは大好きでしたが、正直なところ最初からゲーム業界を目指していたわけではありません。中学・高校・大学とエスカレーター式の学校だったので、将来これになりたいとかもあまりなかったですね。

それに当時は就職氷河期で、とにかく手あたり次第に企業を受けていて、最初はなんとなく華やかなイメージのマスコミや広告代理店などを中心に活動していました。一時はアナウンサー採用にも挑戦していましたよ。
 

――:アナウンサーですか!? ジャンル問わずなんでも。

そうですね。人を笑わせるのが好きなので、「笑わせられるアナウンサーを目指します!」と意気込んでいましたが、まあ、あまり考えていませんでしたね(笑)。
 

――:そんななか、どうしてゲーム業界へ。

ゲーム業界のことを真剣に考えたのは、実は大きなきっかけがありました。それが就職活動でエニックス(現・スクウェア・エニックス)を受けた際に、その面接を齊藤陽介(※)さんが担当してくれたときの話です。

※齊藤陽介:スクウェア・エニックス 取締役 執行役員。ゲームプロデューサー。エニックス時代は、『ミスティックアーク』や『アストロノーカ』などカルト的人気を誇るタイトルを生み出す。スクウェア・エニックスでは、『ドラゴンクエストX オンライン』や『ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて』など著名タイトルのプロデューサーを務める。

面接のときに、「どんなゲームを作りたいの?」という質問をされたのですが、

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